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大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)814号 決定

申請人

原田茂

外八十八名

被申請人

株式会社 三光造船所

主文

被申請会社は申請人等に対し別紙基準月収差引手取額の二十六分の九及び別紙労務加配米割当表記載の申請人等に対し同記載の加配米等をその記載の代金と引換に支給しなければならない。

申請人等のその余の申請はこれを却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

理由

申請人等は申請人等の組織する全日本造船労働組合近畿支部三光分会と被申請会社間の労働協約第十三条には、「会社は経営協議会に諮らずして組合員を解雇しない」とあり、経営協議会規則第八条には「本会議の協議事項は双方とも全委員出席し七名以上の同意に依り決定するものとする」となつているところ、被申請会社は昭和二十四年七月三十一日経営協議会の決定を経ずして突然申請人等を解雇したから右解雇は労働協約及び経営協議会規則に違反するものであつて無効であると主張するに対して、被申請会社は「経営協議会に諮る」とは唯これに諮問すれば足り後は会社が誠実に事務を処理すればよいのであつて、決定権は会社にあると抗争するのでまずこの点について判断するに、疎甲第二、三号証疎乙第二十一乃至二十七号証によれば労働協約及び経営協議会規則の各該当条項に申請人等主張の通り規定のあることはみとめられるが労働協約中に「組合の承認」(第七条)「組合の意見を徴する」(第八条)「経営協議会で協議」(第十条)「経営議協会に諮る」(第十三条)と書分けてあり、ことに組合側の原案に解雇につき組合の承認を要することになつていた(第六条)のを会社側案の「経営協議会に諮る」(第十三条)とした経過や本件労働協約においては従業員の雇入れ異動賞罰等の人事や賃金給料賞与退職金等給与の基準工場閉鎖工場売却事業転換等経営の基本的方針に関することも組合の意見を徴すれば足る(第八条)ことになつている点との権衡等を考えると本件においては経営協議会に語るとは単に諮問すれば足りるものと解するのが相当である。もつとも本件経営協議会規則によると、協議決定の方法の定めはあつても、諮問についての方法はきめられていないから、あたかも諮るというのは協議決定することを意味するとも考えられそうであるが、同規則第二条や協約第九条でも明なように経営協議会は会社の経営に関するあらゆる事項を労資双方が合成する機関において論議し意見を反映しその対立を融和することを目的とするのであつて、たんに解雇のみを取扱うのでないこと勿論であるから協議決定の手続は右解雇について諮る場合の手続と解すべきものとはいえない。

組合の承認や意見を徴するのも組合の同意や意思の反映をする方法であり経営協議会で協議決定したり諮つたりするのも同様労働者の同意や意思の反映をする方法であつてその本質においては、異なるものではなく、これに同意を要するときと、たんに意見をのべることを得るに過ぎない時との影響力の差がある場合があるのであるが、本件協約において経営協議会に諮らずして解雇しないといつているのは、拔打に解雇はしないということを断つているにすぎないと解釈するのが契約当事者の意思に合致するものと考える。疎甲第十四号証によると昭和二十四年五月二十八日の経営協議会において四割人員整理を前提とする会社案の徹回その他五項目を協議決定しているが右は解雇のみに関することでなく賃金引上その他の事項をも含んでいるからこの一例により「諮る」というのが協議決定であると断ずるには足らない。したがつて経営協議会が諮問に応えて答申するについては経営協議会の意見を決定しようとする場合は規則第八条の手続により決定することを要するけれども経営協議会が自己の意見を決定して答申すると否と(各委員が各別の意見をのべるにすぎないときのごとく)又会社が右答申を採用すると否とは何等の拘束がないのであるから疎乙第二号証の一乃至五第十四号証により明かなように会社は解雇について昭和二十四年七月十六日以降七月三十日迄数回にわたり概括的にではあるが経営協議会の議題として協議し、ことにその中途において組合側委員が協議を中断して具体的な論議に入らずために経営協議会が答申せずしたがつて会社が答申によらずしてなした本件解雇は組合がその意見をのべる機会を自ら抛棄したのであるから経営協議会に諮る手続について会社に対し青むべき欠点はなく有効といわなければならない。

次に申請人等は即時解雇については労働基準法第二十条によればかゝる場合においては三十日分以上の平均賃金(予告手当)を支払わねばならないのであつて、この支払をなさずしてなした即時解雇は無効である。しかるに被申請会社は即時解雇の意思表示をしたのみで予告手当を支払つていないからその解雇は無効であると主張するに対して、被申請会社は予告手当を支払わなくとも即時解雇自体は有効である。

仮に然らずとしても会社は八月三日に予告手当を準備し申請人等並びに労働組合に右支払方を通告したからその時をもつて解雇する旨の明示の意思表示かあつたといつて差支えなく、そうでないとしてもその時に解雇の黙示の意示表示があつたものともいえるから八月三日をもつて解雇は有効に成立したものであると主張するのでこの点を判断するに使用者が労働者を即時解雇するにあたつて予告手当の支払が解雇の要件をなしこれを支払わずしてなした即時解雇は無効であるが又は単に使用者がこれが支払の債務を負担するに過ぎず解雇そのものは有効であるのかについては労働基準法第二十条の規定自体がはなはだ明瞭を欠きいずれとも解しうる余地が存するのであるが同法第百十四条によれば、裁判所は第二十条に違反した使用者に対して労働者の請求により右規定により使用者は支払わねばならない金額の未払金の外にこれと同一の附加金の支払を命ずることができるのであるが、予告手当を支払わずしてなした解雇が無効であるとすれば右附加金を徴するのならばいざしらず雇傭関係が依然として継続している労働者に支払わしめる必要は少しもなく附加金支払制度を設けた趣旨を没却するものであり又同法第百十九条により使用者の単なる解雇の意思表示をとらえて刑事制裁を加えることは穏当を欠くものである。したがつて同法第二十条により三十日分以上の平均賃金を支払うことは即時に解雇しようとする使用者に課せられた労働基準法上の義務ではあるが、解雇の要件をなすものではないといわなければならぬ。あるいはかく解すれば使用者が同条に違反して予告せずまたは予告手当を支払わなかつた場合には解雇せられた労働者は右予告手当の支払を受けるためには結局民事訴訟手続によらねばならず長時日を要し労働者の保護に欠くるところがあるというかも知れないが、たとい予告手当を支払わない解雇を無効と解しても解雇せられた労働者はその無効を争い、以前の雇傭関係に戻るためには終局的決定はやはり民事訴訟手続により裁判所の判定をまたねばならないから格別労働者の保護に厚いということはできない。法は同条に違反した使用者に対しては刑事上の制裁を加え附加金支払制度を設けることにより使用者の前記債務の履行を間接に担保しているのであつて労働者にたいする保護もこれで充分といわなければならない。しかして疎甲第五号証疎乙第三号証の一乃至九十、第六号証第十三号証の一乃至九十、第十四号証によれば被申請会社は七月三十一日労働組合との団体交渉の席上被解雇者の氏名を発表し同日付をもつて解雇する旨の口頭の意思表示をなすとともに工場内に掲示しそれぞれ内容証明郵便でその通知したことがみとめられる。しかして人員整理に関しては会社と組合が経営協議会あるいは団体交渉をしている際には全従業員が関心を抱いているものと考えられるから会社が解雇の意思表示ならびに被解雇者の氏名を掲示したときは同日中に全員に周知せられたものと解するのが反対の疎明のない限り妥当である。したがつてその余の争点について判断するまでもなく同日かぎりをもつて申請人等に対する解雇は有効に成立したものといわねばならないから申請人等の本件申請中右解雇の無効を前提として申請人等の被申請会社の従業員としての仮の地位をみとめ翌日以降の就労妨害禁止、賃金と労務加配米の支給を求める点についてはその理由がない。

次ぎに疎甲第十六号証によれば経営協議会において六月分よりその給料が各人一月百円宛昇給することを決定したことがみとめられるが、疎甲第三号証によると本件経営協議会規則第十二条では決定事項は会社並びに組合が認めた時は実行すべきこととなつており疎甲第十九、二十号証によつては会社がこれを承認したことを認めるに充分でなくかえつて疎乙第十五号証によると被申請会社取締役会は昭和二十四年七月二十五日これを承認しない旨の決議をしていることが明かであるから右協議はいまだ被申請人を拘束しないものと認められる。そして疎乙第十号証第十八乃至第二十一号証によると被申請会社は申請人等に対する昭和二十四年六月分及び七月二十日迄の賃金をすでに支払済の事実がすでに認められるからこの部分の支払を求める申請人等の請求も又失当であるしかし疎乙第八号証によれば被申請会社は申請人等に対し七月実働実績にもとづく労務加配米を支給してないことが認められるがその内容は別紙明細書の如きであることについては被申請人の争はないところでありそれ以外にはこれをみとめるにたる疎明がないから同明細書記載の通り申請人等は右の限度で被申請会社に対して右遅配加配米等の支給を請求する権利を有するものと認める。申請人等は之を食事として支給することを求めるがかゝる契約のなされたことは之を認めるにたる疎明がない。

申請人等は賃金労働者であつてしかも解雇せられ窮迫していることは容易に察知できるから被申請会社に対して七月二十一日以降同月末迄の遅配賃金を支払い代金と引換えに同年七月分の加配米等を支給せしめることゝし、その余の申請は理由なしとして却下し申請費用の負担については民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り決定する。

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